マーヤはご存知の方はご存知でしょうが、小国ベルジャントラ元王国の王族です。
しかし王政は軍部新政権によって転覆され、王族は日本に留学していた末の王女以外処刑されてしまいました。
日本に帰化した王女は子を宿しました…それが彼女、マーヤです。
「かあさま、マーヤは大きくなったら、女王さまになります。そうして、憎いグンジセイケンのやつらの首を、かたっぱしからはねてやります」
小さい頃のマーヤは、いつも母親に笑顔でそう言っていました。
そして、ほめてくれずに母親がハンカチで目頭を抑えるのを、不思議なきもちで見ていたのでした。
マーヤは幼稚園に入ることになりましたが、彼女と遊ぼうとする子供は誰もいませんでした。
マーヤは平気でした。なまっちろい平民の子供なんかと一緒に遊ぶ気はありませんでした。
彼女は一人遊びをおぼえ、ときどき仏心を起こして寄ってくる子供がいると棒で叩いて泣き帰らせました。
母親は、前から準備していた母国料理の食堂を本格的にひらき、マーヤはひとりで小学校に入りました。
マーヤをかまう子はいませんでした。近づけば鬼のような顔でその子を睨みつけました。
関心をひこうとしてちょっかいをかける苛めっ子は、必ず手ひどい復讐を受けて泣かされるのでした。
マーヤは級友にも教師にも目もくれず、後ろの席でいつも一人遊びをしていました。
そんなとき、ひとりの女子が現われました。
彼女はある日教師に紹介されると、誰も近づかないマーヤの隣席に座り、白い歯を見せて笑いました。
鬱陶しいのでマーヤは嫌がらせをするのですが、全く意に介しません。わざとらしく背を向けても気にしません。
そして、朝と夕方には彼女に笑ってあいさつをするのでした。
あまりに鬱陶しいその女に、彼女は屋上での喧嘩をもちかけ、負けたら二度と自分に近づくなと厳命しました。
女子は動じることなくその喧嘩を買い、そのまま授業を抜け出して屋上にマーヤと向かいました。
どれくらい時間がたったのか、死力を尽くして戦ったふたりは児童たちが遠巻きに見守るなか、コンクリートの床に倒れていました。
マーヤが倒れたままそいつの顔に向き直って睨みつけると、女子も血の混じった唾液を吐き捨て、同じ目力で睨みました。
そして、白い歯を見せて笑いました。
マーヤはそいつがとんでもない馬鹿だと思い、同時に生まれてはじめて他人のそいつに興味をもちました。
そいつが、その後腐れ縁となるまでに深い友情で結ばれることになる娘、サリナでした。
そして、それ以来マーヤは小さな王国の「女王」であった自分を脱ぎ捨て、ひとりの少女となったのでした。
17歳のマーヤは、ロックに目覚めて他校のギタリスト少女尾馬照子とユニットを組み、テレビ番組で名を上げて今もライブハウスでときどき腕を披露しています。
マーヤはキーボードとヴォーカルを担当し、自分でも曲をかいて固定ファンもそれなりに得ていますが、彼女の情熱の対象はもうひとつあるのでした。日本の庶民の味です。
母親がいまも経営している南アジア食堂「ベルジャントラ」は、母国の味を懐かしむ移民たちとディープな食通に支持されてはいますが、一度もベルジャントラの土を踏んだことがなく、母が日本で覚えた家庭料理で育ったマーヤは、むしろ日本庶民が懐かしむ味の再現を自分のライフワークにしようと思ったのでした。
マーヤは母の食堂で、和食に限らない日本の家庭料理の定食シリーズを期間限定で出し、手ごたえを得ました。
彼女は相変わらず授業のエスケープで時間を得ている不良高校生ですが、大手を振って料理道を邁進できる時がくれば、レギュラーメニューで日本の庶民向け料理を出せる店にしてゆこう、と思っています。
中学・高校の深い関係を経て、女優業に専念するようになったサリナとはだんだんに会う時間が減って来たマーヤですが、今でも彼女は無二の親友であることに変わりはありません。サリナがいなかったら、今でも自分は女王様になる道から外れられなかったかもしれない…そんなふうにマーヤは半ば本気で考えています。
あ、ところで。
マーヤと照子のユニット「エイプリルグリーン」の次回ライブは、まほろ駅前通りのライブハウス「バッドスタッフ」にて9月32日に行われますが、チケットは食堂「ベルジャントラ」でも扱っています。ベルジャントラで購入された方にはマグカップ、Tシャツなどの公式グッズを半額でお求めいただけますので、ぜひこの機会にどうぞ。