夏合宿の終わり際、近くの神社で夏祭りがあると知りウマ娘たちは浴衣に着替え出かけていく。自分も片づけが終わった後、祭り会場に行くと担当のアドマイヤベガが浴衣姿でいた。
「いいのか?みんなと一緒に行動しなくて」
「……いい。うるさくて仕方がなかったからむしろ有難いわ」
今日は新月ということもありあまり乗り気ではなかった彼女は空を見上げる。
「今日は何故だかあの子のこと、近くに感じることが出来るの。いなくなってしまったのにね」
「……そうか」
あの出来事以降、妹さんを感じることが出来なくなってしまったと彼女は言っている。空を見上げる今の彼女の表情はとても穏やかなもので、嘘を言っているようには感じない。自分が口にしたのは
「だったらお祭り楽しんじゃおうか!」
アヤベは自分の言葉を聞きポカンとした表情をしていたが次第に呆れたような顔で苦笑する。
「……ふふなにそれ。でも、それもいいかもしれないわね」
そう言って彼女はこちらに少し近づいてくる。一緒に行動してくれるようだ。そんなこんなで人参焼きと焼きそば、ラムネなどを買いお祭り特有の美味しさを堪能する。その後、綿あめを買おうとまた出店の方に向かった時、ドッと人の波が押し寄せる。急なこともあり、人の流れで自分だけ前に行ってしまう。
「アヤベ!」
振り返りながら手を伸ばすがその手を掴むことは出来なかった。彼女の大きな耳が徐々に後ろの方に行く。
いや、正確には自分が前に行っている。人の流れから抜け出すため横へ横へと身体をずらす。ようやく抜け出した自分は後ろの方を振り返り彼女を探す。しかし、彼女の特徴的な大きな耳は見当たらなかった。自分は彼女のことを探す。神社の中はそんなに広くない。探せばすぐに見つかるだろうと思い目を凝らして周囲を見渡すが見当たらない。彼女が心配になり早足で歩きだす。人の波が落ち着いた出店の通りを見るがいない。綿あめ屋の前にもいない。鳥居付近や階段のところにもいなかった。
キョロキョロと周りを探しながら本殿の方に行ってみる。
「あ、トレーナーさんだ」
アヤベの声が聞こえた。
「アヤベ!ここにいたんだ!」
声のする方に顔を向けると、本殿の前にある石段に腰かけ、片手に綿あめを持ち、もう片方の手でこちらに手を振るアヤベを見つける。しかし、違和感を覚える。
ニコニコと笑う彼女は自分のことを「トレーナーさん」と言ってきた。また手を振る向きが手のひらをこちらに向けるのではなく、手の甲をこちら側に向け振っていた。そして一番の違いは浴衣の着付けだった。今目の前にいるアヤベの浴衣の襟は『左前』になっている。いわゆる『死装束』の着付けの仕方になっていた。
先ほどまで一緒に行動していたアヤベは正しい着付けをしていたため『右前』になっていたのは目視で確認している。
「……君はだれ?」
「お姉ちゃんがいつもお世話になってま~す」
「もしかして、妹さん?」
ニコニコした顔を崩さず彼女はこくりと頷く。アヤベにそっくりのその子は石段に置いていたプラ容器の上にある人参焼きを手に取り美味しそうに頬張る。
「……ねえ、質問してもいい?」
「うん、いいよ」
「どうして君は今ここにいるの?」
彼女は少し考えて
「ん~お盆だから?」
そんなことを言ってきた。
「私もいつもこうやって動けるわけじゃないんだよね。限られた時間、決まった範囲、あと、お姉ちゃんには直接会えないとか。色々制限があるよ」
少し寂しそうに話すがでもどことなく楽しそうにも聞こえた。
「ねえ、お姉ちゃんのトレーナーさん」
「どうしたの?」
「お姉ちゃんのことこれからもよろしくね」
「ああ。もちろん」
自分は力強く頷く。
彼女はうんうんとニッコリと笑いながら同じように頷く。
「……あっ、そろそろ時間かな」
彼女がそう呟くと人の往来が多くなってきていたことに気付く。
「お別れの前にこれ!お姉ちゃんに渡して!」
彼女は手に持っていた綿あめをこちらに手渡してくる。
「お姉ちゃんふわふわなの好きだから。……あっ、ちゃんと『そっち側』のだから食べて大丈夫だよ!」
「あ、ありがとう?」
『そっち側』がなんなのか分からないがとりあえず受け取ると彼女は立ち上がり石段を下りる。
手に人参焼きを持ちながらスタスタと歩いていく。
後ろ姿はアヤベそのものだった。
出店の角でこちらに振り向き、手の甲をこちらに向け手を振る。
釣られて自分も手を振り返す。
アドマイヤベガにそっくりの彼女はニッコリ笑いながら死角へと消えていった。
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全文(8040字)は小説で
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