まだ日差しも差し込まない明け方。
静かに寝息を立てるトレーナーの傍に、物音一つ立てずにドリームジャーニーは忍び寄る。
(寝ている·····。私に合鍵を渡しておきながら·····無防備な人だ·····)
トレーナーに貰った合鍵を掲げて眺め、横目で彼を見下ろす。
程なくして鍵を懐に仕舞い込み、トレーナーの傍らにしゃがみこんでは耳を澄ます。
聞こえる寝息は浅く、警戒心なんて微塵も感じさせない。
自分のテリトリーを犯されているなんて思いもせず、この人は眠っているのだろう。
それとも───。
「私は危険じゃない·····とお思いなのでしょうね。無警戒·····無用心が過ぎる。自分に非はないと言うのに、私を気遣って合鍵まで手渡して。本当に貴方は·····優しい人だ」
撫でるようにトレーナーの頬に手を添え、体温を感じながら髪の方へと手を滑らせる。
指の間で絡めた髪は僅かに冷ついていて、何に引っかかるでもなくサラリと解けていく。
(ふふっ、可愛らしい寝顔だ。まるで子供のよう、ですね)
顔を触られたことがくすぐったいのか、僅かに顔を顰めたこの人が子供のように幼げで。
ついつい撫でてしまうと一際強く瞼が震えた。
(おや、少々イタズラが過ぎましたね。眠りは浅いのか。気を付けなければいけませんね)
此度はもう起こしてしまった。
これから出る言葉は『何故ここにいるのか』辺りだろう。
驚きベッドから転げ落ちてしまうのかもしれない。
想像しては面白くなって僅かに瞳を開いたトレーナーに顔を寄せる。
「·····っ」
───必要以上に距離が詰まった。
ゆっくりと触れ合う額。
鼻先も今にも当たりそうで、お互いの吐息が混じり合う。
吐いて、混じって、溶けて、循環する。
自分のものではない、この人の匂いが鼻腔をくすぐる。
未だ微睡んでいるのかトレーナーは目を細めじっと見つめるばかりで。
僅かに鼻が動いたその時、ゆっくりと瞳を閉じた。
「なんだ·····ジャーニーか·····」
たったそれだけ。
それだけを残して再度ベッドに崩れ落ちた。
意識は朦朧としていたはずだ。
視覚はまともに機能していなかったはずだ。
ただ、匂いだけで私だと───。
·····匂いというのは特別なものだ。
香り1つでその人物の特徴になり得る。
「私の匂いがしたから疑問も警戒も全て必要ないと。·····あぁ、やっぱり貴方は無防備過ぎる。私が貴方を害さないと、言い切れないでしょう?」
額に掛かった髪を指でどかして。
人差し指を唇に当て、そのままトレーナーの額に押し当てた。
きっと、これを知ったら貴方は困るのでしょうね。
えぇ、だからしませんよ。
───起きているうちは。
「さて、本当に起きてしまう前に帰りましょうか。先程のことはどうか·····夢の出来事だと思ってくださいね」
最後にそっと髪に触れトレーナーの部屋を後にする。
玄関口にて、顔を寄せたトレーナーの顔を思い出す。
「·····少し油断しましたね」
誰が見ている訳でもないのに。
手の甲で口元を隠した。
──────────────────
https://x.com/aruma564?t=76qtGwDD-Fg4x6DktP0u-g&s=09