貴婦人、そう呼ばれる彼女も存外に乙女であった
否、普通の少女と比べれば彼女は幾分以上にも強い
囚われの姫となるならば自ら労をぶち破り帰還を果たし、しきたりに縛られるのならばそれを力で踏破する。
彼女にとって力とは切り札であり、同時に己の生活を支える生きる術でもあった。
当然だ、父によって始まった力による家督争い、姉は美貌という力を極め、弟は経済という力を極め、
それ故に貴婦人、ジェンティルドンナは世界に羽ばたく力を、レースに勝ち続けるという力を欲した。
そんな彼女にも、ちょっとした憧れというのはあるもので、やはり、力強い男性に惹かれるところはあるのだ
無論、力で買ってほしいわけではない、時としてその腰を抱いて車道側を歩いてくれたり、ふとした時に手を引いてくれたり。
そういった、少女が夢想する頼り甲斐へのロマンス、だけれど同時に、彼女はそれを幻想という場所に置いていた。
だって、私は頼るのではなく頼られる方、いえ、力を持つなら頼られる前に問題を解決してしまうくらいでなければいけない。
ならば頼るような事柄はなく、頼るほどの事柄もない、力で解決してしまえるのだから。
だからだろうか、彼女はそういった可能性を想定しながらも幻想だと、隅に追いやっていた。
正直に言えば油断していた、とも取れるやもしれない、無論、それは本来存在しえぬもののハズだった。
───人間がウマ娘に、力で勝てるはずがない。
ましてや、彼女はジェンティルドンナ、ウマ娘の中でも類稀なる力を持つ、文字通りに最強の貴婦人なのだ。
ウマ娘や機械ならまだしも、トレーナーに力で負けるなど、万が一にも、ありえない─────
しかし、抑えられた。
いとも簡単に、脇の下から手を入れられて、まるで赤子でも抱きかかえるかのように。
脇の下に手を入れるだけでは収まらない、指先は胸の下を抑え、分け入ってくる。
素性も知らぬ男性にそこまでされる謂れはない───彼女はその腕を離さんとばかりに暴れた。
そう、暴れたのである…無論、かなりの手加減がなされていたが、それでも男は吹き飛び体に大きなダメージを負い、二度とかような無礼を貴婦人に働くことはない。
それが彼女の想定した未来のビジョン…しかし、現実はどうだ?
決して砕けぬ大樹か、あるいは何物も寄せ付けぬ岩盤か…いや、それは真っ黒い深淵。
叫んだところで、石を投げつけたところで、渾身の力でこぶしを足を叩きつけたところで空振りすべてを無にする、断崖の深淵。
その男の腕はびくともしなかった、まるで何事も起きていないかのように少女を抱え上げる。
そればかりか手指が彼女の体に食い込むことすらなく…力を加減されて、その上で完封された。
人間に、人間に?人間に、最強の貴婦人たる私が?───
ありえない、などという言葉は去来することはなかった、ただただ理解ができなかった、それほどまでにその現実は現実離れしていた。
遠くには先ほどのレースで負けて膝をついてるヴィルシーナがうわぁという顔をしてこちらを見ている、彼女にはこの光景が一体どう映って見えただろうか、まるで子供が駄々をこねたかのように見えたのか。
やめなさい普段はゴリラを見るような目をするくせになんで今は哀れな子猫を見るような目をしているのです、というかこの男の腕びくともしないのですけどどうすればいいのかしらこれ、機械だってこうはならないでしょうが
ヴィルシーナが何やら納得したような顔でこちらを眺め、周りのトレーナーがこの光景をなんでもないものかのように私にスカウトを求めては特に返答もしてないのに勝手に玉砕して帰っていくのをしり目に、私は彼女を、ヴィルシーナさんを見た
それは初めての顔────ナニコレ、という顔であった
見隙 →
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