四時間目の途中。
小鳥遊六花は、机に突っ伏していた。
視界がぼやけ、先生の声が遠く聞こえる。喉の奥が焼けるように痛く、鼻が詰まって息苦しい。呼吸をするたびに熱がこもって、胸の奥まで苦しくなる。
「……っくしゅん!! へっ……くしゅん!! えほっ、えほっ、ごほっ……!!」
突然の激しいくしゃみと咳。肩が震え、体がますますだるくなる。
「六花ちゃん、大丈夫?」
隣の席の友達が心配そうに覗き込む。
六花は、小さく頷こうとしたが、頭がくらくらして動かせなかった。
「……だ、大丈夫……な、はず……」
声が掠れる。体が熱く、汗がじわじわとにじみ出て桃色のブラウスを湿らせる。
「六花ちゃん、顔真っ赤だよ……!」
先生も異変に気づき、すぐに近づいてきた。
「六花ちゃん、保健室に行くよ!」
「……私は……“邪王真眼”を宿し……封印が……」
言いかけたものの、いつもよりうまく言葉が出てこない。意識がぼんやりとして、考えがまとまらない。
――あれ、何を言おうとしたんだっけ……?
「六花ちゃん、立てる?」
「……えっと……」
机に手をついて立ち上がろうとするが、膝が震え、力が入らない。視界がぐにゃりと歪む。
「――っ!」
次の瞬間、体が崩れそうになり、先生が慌てて支えた。
「ちょっと!大丈夫?….六花ちゃん…..すごい汗……!」
お気に入りのブラウスがじっとりと濡れ、頬に貼りつく髪の毛が不快だった。息が上がり、心臓が早鐘のように打つ。
「六花ちゃん、保健室行こうね。具合悪いんだから、無理しないで…..ね?」
-保健室-
ふらふらと先生に支えられながら、六花はなんとか保健室へ辿り着いた。
ただ、保健室に向かう途中からだんだんと胃がぐにゃりと重くなり、嫌な吐き気がじわじわとこみ上げてくる
「六花ちゃん、大丈夫? すぐ横になろうね」
先生に促されるまま、六花はベッドへ倒れ込むように横たわった。
全身が火照っているのに、なぜか寒気がする。ひどい悪寒に背中を震わせながら、息を吸うたびに喉の奥が焼けるように痛む。
「六花ちゃん、熱測るわよ」
先生が脇の下に体温計を挟み、六花はベッドに横たわった。
ひんやりとした金属の感触が、熱に火照った体には一瞬だけ心地よかった。でも、それもすぐに不快な熱さに変わる。
「……っ、けほっ……ごほっ、ごほっ……っ!」
肩を大きく揺らすほどの咳が続く。喉が締め付けられるように苦しくて、思わず体を丸める。
「六花ちゃん、大丈夫?」
先生が背中をさすってくれるが、咳は止まらない。肩が震え、息を吸おうとするたびに喉がヒリヒリと焼けるように痛む。
「……っく……っ、ごほっ、ごほっ……ぅぅ……」
目をぎゅっと閉じ、耐えるように手を握りしめる。咳がひどすぎて、体が熱くて、身体に力が入らず、もう何が何だかわからない。
――ピピピピピッ!!
体温計のアラームが鳴る。
「……39.8度!? かなり高いわね……」
先生の驚いた声が遠くで聞こえる。
でも、もうそんなことを考える余裕はなかった。ただ、喉の奥がヒリヒリと痛くて、呼吸をするだけで精一杯だった。
「六花ちゃん、水飲める?」
先生がコップを差し出す。
「…..ん……」
六花は、手を伸ばそうとするが、指がぷるぷると震えて、力が入らない。先生が手を添えてくれて、なんとかコップの縁に口をつける。
「ゆっくりでいいからね」
一口、喉を潤すように水を飲む。
――その瞬間、胃がぎゅるっと縮まるような感覚が走った。
(……やばい……気持ち悪い……!)
「……っ……」
冷や汗がぶわっと噴き出し、喉の奥がひくひくと震える。口の中にじわじわと唾液が溜まり、胃の中が逆流する感覚に襲われる。
「六花ちゃん? どうしたの?」
息が詰まる。吐き気がこみ上げ、堪えきれない。
「……っ、ごぼっ、げぼぉっ!! げぇぇぇぇぇっ!!!」
突如、激しく嘔吐する。
「六花ちゃん!!」
先生が急いで洗面器を差し出すが、間に合わない。胃の中のものが一気にせり上がり、ベッドの上へと吐き出されてしまう。
「……っ、げぼっ、げぼぉぉっ!! ぅぇぇぇっ!!」
喉が焼けるように痛く、目から涙がぽろぽろとこぼれる。先生が背中をさすってくれるが、まだ吐き気は止まらない。
「六花ちゃん、大丈夫、大丈夫だからね……!」
震える体を抱えながら、六花ちゃんは最後のえずきを堪えるように口を押さえる。
「……っ、ごぼっ、ごぼぉっ!! ぅぇぇ……!!」
ようやく吐き気が収まり、ぐったりとベッドに沈む。保健室のベッドと床は吐瀉物で汚れてしまっていたが、幸いにも服や靴下は汚れていなかった。
「六花ちゃん、しんどかったね……お母さん、もう呼んだからね」
先生の優しい声が響く。
六花ちゃんは涙を滲ませながら、小さく震える声で呟く。
「……お母さん……」
まぶたが重い。息をするのも苦しい。熱の海に沈むように、六花ちゃんはそのまま深い眠りへと落ちていった。
しばらくして、保健室の扉が静かに開いた。
「すみません、六花の母です……」
心配そうな顔をした女性が、慌てた様子で入ってきた。
「お母様ですね、六花さんなんですけど….」
先生が少し安心したように声をかけ、ベッドの上でぐったりと横たわる六花を見せた。
「実は、四時間目の途中から六花ちゃんの具合がかなり悪そうだったので、すぐに保健室に連れてきました。そのときはもう顔が真っ赤で、ひどく咳をしていて。体温を測ったら39.8度もあって……」
「そんなに高熱が……!」
母の顔がさらに曇る。先生は続けた。
「それから、水を飲ませようとしたのですが、すぐに気持ち悪くなってしまったみたいで……ベッドの上で嘔吐してしまいました。吐いたあとはかなりぐったりしてしまって……」
先生の言葉を聞きながら、母は小さく息を飲む。そして、申し訳なさそうに口を開いた。
「今朝も、あまり朝食を食べられなくて……いつもならもっと食べる子なんですけど。でも、本人が『大丈夫』って言っていたので、マスクだけさせて登校させてしまいました……」
母は六花の額に手を当てる。その熱さに驚いたように顔を歪めた。
「本当は朝から具合が悪かったんですね……それなのに、無理をして学校に来て……」
「五時間目の図工を楽しみにしてたので……きっと、それがあったから頑張って来たのかもしれません」
先生の言葉に、母は小さく頷く。
「六花、帰るよ」
母が優しく声をかけると、六花はかすかに目を開け、ぼんやりと母の顔を見つめた。
「……お母さん……」
かすれた声で呟く。体を起こそうとするが、力が入らず、母がそっと支えて起こす。
「ゆっくりでいいからね」
母は六花を保健室の椅子に座らせ、ランドセルを背負わせようとするが、表情を見るに、無理だと察した。
先生に感謝を伝え、ぐったりとする六花を背負い、帰路についた。