「次のテストで70点以上を取る」
それは、四葉が風太郎と交わした約束だった。
今まで勉強を後回しにしてきた四葉にとって、この約束は本当に大切なものだった。「頑張ればできる」と風太郎に言われ、今回は絶対に結果を出したい。だから、この数日間は夜遅くまで机に向かい、問題集を繰り返し解いた。
普段はすぐに眠くなってしまう四葉も、今回は違った。風太郎に「やればできる」と言われたことが嬉しくて、いつもより遅くまでノートと向き合い、眠気と戦いながら机にかじりついた。
しかし、連日の無理がたたって、体は確実に悲鳴を上げていた。昨日も気づけば深夜2時を過ぎていて、朝起きると喉の奥がヒリヒリと痛む。体が異様に熱く、少し動くだけで息が上がる。
試しに体温計を手に取り、震える指で測る。
「……38.3度……」
四葉の指がピタリと止まる。
まずい。
このままじゃ、風太郎に「休め」と言われる。テスト前の大事な授業を逃すわけにはいかない。これ以上遅れたら、約束の70点には到底届かない。
「……ダメ、ダメ……休めない……」
こんなことで休んでしまったら、せっかくの努力が無駄になってしまう。四葉はすぐに体温計の電源を切り、何もなかったことにする。そして、額に冷えピタを貼り、マスクをつける。少しでも顔の赤みを隠して、喉の痛みを誤魔化すために喉飴を口に入れた。
「……よし、これで大丈夫……」
ふらつく足を無理に前へ進め、学校へ向かった。
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1限目
教室に入ると、すぐに風太郎がじっと四葉を見つめてきた。
「……おい、四葉。病人ファッションだな」
「えっ?」
「冷えピタとマスクって……お前、熱あんのか? あるなら早よ帰れ」
慌てて笑顔を作るが、その声は掠れていて、喉の痛みが滲んでいた。風太郎の視線が鋭くなるのが分かる。
「微熱があるだけだから……大丈夫!」
そう言い切るが、実際は体がどんどん重くなっていくのを感じていた。ノートを開くものの、手が震えてうまく字が書けない。
黒板の文字を必死に目で追おうとするが、頭の中がぼんやりとしていて、内容が入ってこない。背中にじんわりと汗が滲み、喉が乾燥して痛む。
「……ごほっ、ごほっ……」
小さく咳をするが、それが引き金になったように、次々と咳が止まらなくなる。
「……ごほっ、ごほっ、ごほぉっ!!」
胸が締め付けられ、肺が焼けるように痛む。肩を震わせながら何とか呼吸を整えようとするが、体の奥から熱が込み上げてくるような感覚がした。
「……くそ、無理すんなよ」
風太郎が小声で言ったが、四葉は聞こえないふりをした。
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2限目
熱がさらに上がっているのが分かった。喉の奥がヒリヒリし、息をするたびに苦しさが増していく。制服が汗で肌に張りつき、背中からじわりと熱がこもっていく。
「……っ」
座っているだけでも、体がだるい。肩に鉛を乗せられたような感覚に襲われる。
隣の風太郎が、またちらりと四葉を見て、問いかけた。
「……なあ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫……微熱だから……」
四葉は何とか笑顔を作ろうとしたが、喉の奥が詰まり、声が掠れてしまう。
風太郎は、納得していないような顔をしたまま、じっと四葉を見つめていた。
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3限目
時間が経つにつれ、四葉の体調は明らかに悪化していった。頭がぼうっとして、体の芯が熱に包まれるような感覚がある。喉の痛みは増し、何かを飲み込むたびに激しく咳き込んだ。
授業の内容が全く頭に入らない。文字を見ても意味が理解できず、筆記用具を持つ手が震えていた。腕に力が入らない。
「……っ、う……」
体を起こしているだけで精一杯だった。息を吸うたびに喉の奥が焼けるように痛み、咳が止まらない。熱はどんどん上がっているのが分かる。
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昼休み
昼になり、四葉は机に突っ伏した。お弁当を開いたものの、喉を通らず、箸を持つ手がかすかに震えている。
風太郎がじっと彼女を見つめ、静かに言った。
「……なあ、もう休めよ。飯も食えてないじゃないか」
「ちょっと疲れただけ……午後の授業もあるし……」
しかし、すでに体の限界は近づいていた。火照りがますます強くなり、額に貼った冷えピタもすでに温まってしまっていた。
四葉は「食べないとダメだ」と思い込み、無理やりお弁当を口に運んだ。だが、食べ終わった直後から、胃の奥がずっしりと重くなり、嫌な冷や汗が滲み出た
4限目・授業中
午後の授業が始まり、四葉は机に突っ伏しながらノートを開いた。しかし、ペンを握る手は震え、まともに字を書くことすらできない。
視界はぼやけ、黒板の文字が歪んで見える。先生の声も遠く、まるで水の中にいるように聞こえる。
そして、胃の奥からじわじわとこみ上げてくる、耐えがたい不快感。
「……気持ち悪い……」
胃の中で何かが蠢くような感覚。喉の奥が焼けつくように熱くなり、酸っぱい液体がこみ上げてきた。
「吐きたくない……っ」
必死に歯を食いしばった。昼に無理やり食べたご飯がまだ胃の中に残っている。吐いたら、教室中に広がる臭いは想像に難くない。
唾を飲み込むたびに喉がヒリヒリと痛む。額からは冷や汗が滴り、制服の襟元を濡らした。
「……ごほっ、ごほっ……!」
咳が止まらない。咳をするたびに胃が揺れ、こみ上げる吐き気を必死に押し戻す。
しかし、限界だった。
「……っ、げぼっ、げぼぉぉっ!!!」
四葉の口から、勢いよく胃の内容物が溢れた。
べちゃっ……!
ノートの上に広がる吐瀉物。白いご飯粒がべったりと付着し、胃液の酸っぱい匂いが一瞬で教室中に充満する。
「うわっ……!」
「くっさ……!」
周囲の生徒が一斉に椅子を引き、顔をしかめた。
「……げぼっ、げぼぉっ、げぇぇぇっ……!!」
喉が痙攣し、次々と胃の内容物が逆流する。制服の袖口にまで飛び散り、気持ち悪さがさらに増す。
「……ごはん、食べるんじゃなかった……」
涙が滲む。こんなにも汚してしまうなんて。
「四葉!!」
風太郎が駆け寄るが、四葉は力なく彼の腕に崩れ落ちた。
「おい、しっかりしろ!」
風太郎の声が遠くで響く。
意識がぼんやりとしていく。喉の焼けるような痛みと、鼻を突く酸っぱい臭いだけが、意識の奥にしつこく残っていた。