1993年/セバスティアン・K・アーヴィング(イギリス)
90年代初頭に隠遁生活を送っていたアーヴィングが、自身の精神的変容期に制作した幻想的油彩画。伝統的イギリス絵画技法と日本のアニメ美学を融合させた独自のスタイルで知られる彼の最高傑作とされる。
画面に描かれるのは、コンピュータの青い光に照らされた肥満気味の若い男性と、その内側から出現する理想化された自己の姿だ。星月の模様が輝くマントを纏った金髪の魔法使いは、蛹から蝶のように現実の自分から生まれ出ようとしている。誕生日ケーキの「30」の数字は人生の節目を、壁に貼られた日本アニメポスターは内面に秘めた憧れを象徴し、窓辺の黒猫と満月は変容の夜を見守る神秘的存在として配置されている。
本作は1995年にロンドンで開催された「現代幻想絵画展」で初公開され、「情報化社会の黎明期における孤独と自己変容を描いた幻視的傑作」と評価された。アーヴィング自身の引きこもり経験から生まれた作品であることが後年明らかになり、現代社会における自己実現の葛藤を描いた先駆的作品として美術史に位置づけられている。