ただの趣味です
以下フレーバーテキスト
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その顔に浮かぶのは、硬直したような沈黙――そして、恐怖だった。
手が震えていた。
機体の駆動音が耳の奥に響くたびに、鼓動が一つ跳ね上がる。
視界は制御されているはずなのに、あちこちが眩しく感じる。
「これは訓練じゃない、敵は本物……私は──」
手がレバーにかかる。けれど動かせない。肩越しに伸びるケーブルが、まるで拘束具のように感じられる。
警告音が鳴る。敵影接近。
心臓の音とアラートが重なったその瞬間、彼女の脳裏にかすかな声が入った。
《落ち着いて。目の前の情報だけを見るの》
《呼吸、1回》
《切り替え、右のサブHUD。目線だけでいい》
テレジアの声。
それは命令でも感情でもなく、“必要な手順”だけを淡く送ってくる。
アーミヤは目を細め、HUDの数値に集中する。敵影の速度、方角、着弾までの予測時間。
今、自分が理解できるものだけがそこにあった。
右手が自然とレバーを握る。左手は補助スティックに添えられ、足の角度がわずかに調整される。
《今のあなたは、私が見守っている。だから“考える”のはあとでいい》
敵影が視界に入った。引き金を引く。発射。命中。──初弾で装甲が割れた。
呼吸がひとつ、深く通った。
まだ怖い。でも、動けた。
………
テレジアの姿は見えなかった。
だがアーミヤは、自分の首筋の後ろあたりに、誰かがずっと寄り添っているような気配を感じていた。
―――
機体の冷却音が止み、油の焼けた匂いが微かにコックピットから漏れ出す。
格納リフトが降りきると同時に、アーミヤの動きも止まった。
目はまだ、戦場にいた時のままだった。
「……そこにいるんですか?」
誰にも届かない声でそう呟く。彼女の視線の先、誰もいない空間に、粒子がまだ漂っているように見えていた。
輪郭はもう曖昧だ。それでも、アーミヤにはそれが“テレジア”だとわかる。
《よくやったわ。生きて、戻ったわね》
幻なのか、記憶なのか。その区別は今の彼女にとって、さして重要ではなかった。
コックピットが開く。足音は一つ。
ケルシーだった。
彼女はいつものように、ゆっくりと、無駄なく歩いてくる。
アーミヤの前に立ち、モニターの脇に置かれた通信ログだけを一瞥した。
「強度過多。次回は調整が必要だな」
それだけ言って、静かに屈む。
アーミヤは何も言わない。まだ“誰か”を見ていた。
それでもケルシーは、彼女のその様子を否定も拒絶もせずに見ていた。
「見えるものは、排除しろとは言わない。だが、区別はしておけ」
その言葉には温度がなかった。幻のテレジアは、すでにもう何も語らない。
アーミヤは座ったまま、何も言わなかった。
だが肩がわずかに震えていた。
「……」
ケルシーは無言のまま、すぐ隣に腰を下ろした。そして、ごく自然に、ためらいなくアーミヤの身体を両腕で包んだ。
冷たいコックピットチェアに座る少女を、静かに胸元へ引き寄せる。
アーミヤは、抵抗もしなかった。ただ、視線を外したまま、呼吸だけが浅く、細かく揺れていた。
ケルシーは言葉を紡がない。
そのかわり、左腕をアーミヤの背中に、右腕を肩越しに回す。
温度は、ある。鼓動も、ある。
「──よく戻ってこられた。それだけでいいんだ、アーミヤ」
それだけを低く、小さな声で告げる。
アーミヤの耳元で、ケルシーの声が静かに落ちてくる。
少しだけ、アーミヤの額がケルシーの胸元に触れる。
呼吸が一度、深く通る。幻影は、まだ彼女の背後にいるような気がした。
けれど、それ以上近づいてこなかった。
今、彼女のすぐそばに“本当にいる”のは、
誰より現実的で、誰よりも遠かったはずのケルシーだった。