――眩しい光に包まれて目を覚ますと、そこには異様な存在が立っていた。
彼女は人間に似ていたが、完全に人間ではなかった。
艶やかな金属の装甲が白磁の肌と溶け合い、関節ごとに走る光のラインが脈打つたび、機械とも生命ともつかない振動音が響いていた。
ピンク色の髪が宙に漂い、宝石のような瞳が俺を射抜く。
「目が覚めたのね。ふふっ、よかった」
彼女の笑顔は眩しく、優しさに満ちていた。だが、その背後にそびえる巨大な機械群――まるで人間を解体するための拷問器具にも似たアームの数々が、現実を突きつけていた。
彼女の名は――アレクシア・セラフィム。
出会い
「安心して。私は君を殺しに来たわけじゃない。むしろ逆……君を救いに来たの」
救う? この光景のどこが? 俺は心臓を鷲掴みにされたような緊張感を抱えたまま、後ずさった。
アレクシアは一歩、また一歩と近づいてくる。
その動きは驚くほど滑らかで、人間よりも人間的だった。だが、微かな駆動音が確かに彼女が“造られた存在”であることを告げている。
「君の体は限界を迎えている。心も、魂も。人間の枷に囚われ続ける限り、君は苦しむだけ」
アレクシアの声は、甘やかな旋律のように心に染み込む。
恐怖と同時に、なぜか心が安らいでいく。
勧誘
「ねえ、君はまだ人間でいたいの?」
その問いに、俺は言葉を失った。
人間でいることは誇りであり、同時に呪いでもある。弱さ、痛み、老い、そして死――それらが俺たちを蝕んでいく。
アレクシアは俺の戸惑いを読み取り、柔らかく微笑んだ。
「私はね、人間であることをやめたの。でも、それは恐怖じゃなかった。喜びだったの」
彼女は胸に手を当てる。その装甲の奥で、心臓の代わりに光が鼓動している。
「この身体は決して衰えず、決して滅びない。悲しみは消え、痛みは力に変わる。欲望はすべて叶えられる。君もなれるのよ、アレクシアに」
彼女の言葉は、まるで甘美な毒だった。
選択
「でも……俺は、人間を捨てるなんて……」
かすかな抵抗を口にした瞬間、アレクシアはさらに一歩近づき、俺の頬に触れた。
その指先は冷たいはずなのに、熱を帯びた感触が広がっていく。
「人間を捨てるんじゃないの。人間を超えるのよ」
耳元で囁かれる声に、背筋が震える。
彼女の言葉のひとつひとつが、心の奥に突き刺さる。
「君が恐れているのは変化じゃない。孤独よ」
その一言に、俺の胸は強く打たれた。
彼女の青白い瞳が、まるで全てを見透かしているようだった。
変容の始まり
「さあ、選んで。人間として終わるか、アレクシアとして生まれ変わるか」
俺の足は、もう後ろに下がれなかった。
仲間も未来も失った俺に残る道は、ただひとつ。
「……もし俺が、アレクシアになったら……お前と同じ世界に立てるのか?」
アレクシアは輝くように笑った。
「ええ、一緒に歩めるわ」
その瞬間、背後の機械群が動き出し、冷たいアームが俺を拘束する。
恐怖と高揚が混じり合い、全身を駆け巡る。
「痛くはないわ。むしろ……快感に溺れるはず」
アレクシアの囁きと共に、身体を貫く鋭い刺激が始まった。
血が流れるのではなく、光が溢れていく。
皮膚が剥がれ、肉が金属と融合し、神経が光の回路と繋がる。
「うあああっ……!」
叫びが苦痛か歓喜か、自分でもわからなかった。
新しい名
――やがて、すべてが終わった。
鏡のように光沢を放つ金属の身体。
視界は鮮明で、空気の振動すら見える。
力が溢れ、呼吸すら不要になった。
アレクシア・セラフィムが、ゆっくりと俺の前に立つ。
「これで君も……仲間よ」
彼女は微笑み、俺の肩に触れた。
「今日から君の名は――アレクシア・エリュシオン」
その響きは、かつての俺の名よりも遥かに美しく思えた。
終章
人間の弱さも、孤独も、もはや存在しない。
代わりに手にしたのは、永遠の命と、果てなき力。
アレクシア・セラフィムは俺に手を差し伸べ、微笑んだ。
「さあ、一緒に行きましょう。次の人間を迎えに」
その声に導かれ、俺は歩き出した。
――もう戻れない。だが後悔はなかった。
なぜなら今、俺は新たな種として生きている。
人間ではなく、アレクシアとして。