アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
彼はノーと答えた―。
人の体は大半が機械的に再現できるというのに、
人の意識さえネットにアップしてしてしまえる研究も進んでるのに、
人のようなロボットも、ロボットのような人も
一緒に住んでいる世界で、
しかし彼は自分を人ではないという。
少なくとも電気羊バスには乗れない。
電気羊バスは新世代型の交通サービスだ。
だが自分の体に電気を産生し動力源とする生き物の
体内にアンドロイドが乗れば、
もれなく充満する電気的素子に
感電してショートするだろう。
どこへ向かおうとしていたのか、
地図系および思考回路がおかしくなっていた
彼をその水際で保護した。
眠る妹を運ばせる任を与え、
代わりに同期系やロジック回路のメンテナンスを
してあげるというWIN-WIN交渉で、
なんとか家まで誘導した。
「ベイマックス!?あなたベイマックスっていうのね!?」
するとこの調子だ。
メイはこの手の異形系マスコットに弱い。
濡れた体を温めるためにお風呂に入れて、
上がった矢先に一緒に帰宅したアンドロイドのもとへ走り去った。
一足遅れて彼を安置していた父の趣味部屋に行くと、
「こらメイ、いたずらしないの。」
時すでにおそく、彼の白いボディにはあられもなく落書きがされていた。
これはヒドイ。
「お姉ちゃん!この子トトロだよトトロ!」
『トトロ?』
二度目だが、メイはこの手の異形系マスコットに弱い。
幼少のとき住んでいた家の近くの森で、
引き起こしたトトロ・リアリティ・ショックの後遺症だった。
ちょうど彼のようなダルマめいたシルエットのものを見ると、
当時出会った奇妙な隣人がフラッシュバックして
ひどい興奮状態を引き起こすというものだ。
最近はようやく収まってきたようで、
街中で広告塔めいて立つ電気マネキネコや電気フクスケを
見て取り乱すようなことはなくなった。
とはいってもこのはしゃぎようで、
平常時でも二言目には「トトロが、トトロが」と口走る。
おそらくスクールでも浮いてしまっている理由なのだろう―。
私はため息を吐いた。
そもそも彼のメンテのために連れて来たのに、
掃除の手間まで増えてしまった。
あとで一緒に、いつものように
「トトロだけど、トトロじゃなかった」とさとしながら
後片付けをすることになるだろう。
「メンテナンスする間だけなんだからね」
まずは目的を果たそう。と、部屋を見渡す。
父のガレージは古いけど持て余していた部品や道具で散らかっていた。
彼が言うには、一度回路の点検も踏まえて
有線することができれば、問題の解決ないし、
持ち主のもとへコンタクトを送れるそうなのだ。
それくらいならばうちでもできそう。ということでのこの経緯だった。
あれでもない、これでもない。と棚の中や箱の中を漁っていると、
『アリガトゴザイマス』
唐突に礼を言われた。
「エ?」
私はすすをつけて汚した風呂上がりの体を起こして顔を向けると、
『この恩はいつか』
少しくすぐったく思った。
この子、まるでゴーストがあるような物言いをする―。
『サツキ=サンもどうですか?』
メイは、まるで至りきったアルカイックスマイルな表情で、
眠っていた。
彼の機能なのだろうか、だとすればケアロボットの類だったということになる。
なるほどシルエットにふさわしいアンドロイドというわけだ。
ちょっとだけ考えたのち、立ち上がって彼のもとへ歩いた。
じゃあ、ちょっとだけ。と、座る彼の足にまたがりその左胸に
体を預けてみると―
メイのTRS後遺症ほどではないけれど、
私にも、妹と同じ体験を共有した記憶がある。
そのときもこんな風に体を預けて、
包まれるような、しみいる暖かさに出会った。
あれは当時の記憶と共に胸の奥にしまっていたのだけれど、
似た暖かさがそれを呼び起こした。
気が付けば私は泣いていて、
頭を落書きまみれの彼に撫でられていた。
思い出はどれも良いものとは限らないけれど、
でも明らかに当時の記憶は、
充実して、満ち溢れていて、そして幸せと呼べるものだった。
私はそれを思い出さないようにしていたことを思い出した。
だって今は、
母も、父も、あの家も、もう存在していないのだから―。
帰って来ようのないものを想っても仕方ない。
ただただ、渡れない川の向こう岸の灯りを
眺めているしかできないなんて
それは、ただ悲しくなるだけなんだ。
修理は明日にしよう。
腫らした目で学校へは行けない、
何より今は、今だけは、
この暖かさに身を預けていたかった。
きっとそれは、彼のゴーストがもたらす暖かさだったのだろう―