甲鉄林檎という果物を知っているだろうか。
果肉すべてが蜜で出来ていると謳われるほど芳醇な甘さを誇る果実なのだが、これが食べるのに凄まじい労力を要するのだ。
その原因となっているのが、恐ろしい強度の皮。
並の刃物どころか、名剣を携えた達人が兜割にしても傷もつかないという代物だ。
金属加工用の穿孔機を用い、数時間かけて小さな穴を空け、中身をかき混ぜて吸いだすという食べ方をするしかなく、ジュースとして飲む以外には食法がない。
もちろん果肉をかじった者も記録には存在しない。
林檎そのものはどこにでもなっているのだが、皮に穴を空けられる穿孔機の数は限られており、その生産量はごくわずか。上流階級にしか出回らない高級果物だった。
───そして、話は『風車』の字名を持つ鍛冶師のところへと飛ぶ。
老境に差し掛かったその鍛冶師は、孫娘と近くの森を散歩していた。
鬱蒼と生い茂る鉱石の森は祖父と孫娘の憩いの場だった。
孫娘の小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩く。孫娘は前を小走りで進みながら時折彼を振り返った。
途中、孫娘がその場にしゃがんで何かを拾い上げた。それは紅い金属で出来た林檎だった。
───じぃじ、じぃじ、これたべたい。
そうねだる孫娘に、老鍛冶師は小さくうなずいた。
そこらに群生していた鉱石をひとつへし折ると、ポケットに入れていた砥石で手早く研ぐ。
数回の研磨だけで刃物状になった鉱石を片手に持つと、彼はあっさりその実を八分割にしてしまった。
輝かんばかりの笑顔でお礼を言い、林檎をほおばる孫娘。老鍛冶師は彼女の小さな体を抱きかかえると、ふたたび散歩を始めた。
人知れず、技術革新は成されていたのだ。
「その時の果物ナイフがこれ! 甲鉄林檎つきで驚きの金貨一枚!! 限定一本、早い者勝ちだ!! さぁ、買った買った!!」
ブレイクスルーアイテムを世界中にばらまく旅商人が、政府に指名手配されていることを知るまで、あと3日──。
裏設定:果実が腐ると皮は錆び朽ちて中の種が露出するのだが、当然果肉は食べられない。果実の腐食酵素を抽出し、外側から皮だけを錆びさせようとすると果肉も反応して腐るというひどい仕組み。
裏設定その2:あまりにも硬いので、大昔の戦争では投石機の弾にも使われていたそうな。歴史上もっとも命を奪っている果物。