燃え盛るどんどの炎にのせて、歳神様を見送る日。松の内の明けを告げる日。古くから人はこの日に、思い思いに豊穣を願う。
「…お~い、こっちだ鬼灯ぃ!」
聞き慣れた声が、遠く此方を呼ぶ。暗がりに灯りが浮かび上がる、幻想的な風景のなか、防寒にがっちり着込んだせいと積もった雪とで動きにくいのを、なんとか声の方に近づいた。
「烏頭さん、お早いですね」
「早めに来とかないと、あの子たちのいるやつ狙って行けないだろ。蓬とお香はもう入ってるぞ」
今日は八寒地獄の雪まつりの日。旧暦の正月に合わせて、現世のように左義長(正月飾りを燃やすこと)や餅飾り、かまくらを設えて行事を執り行う。かまくらの中には、雪ん子や雪鬼の小鬼が、火鉢で餅を焼きながら「入ってたんせ、拝んでたんせ」としきりに呼びかけている。
「入ってたんせ…あ、鬼灯様」
「頑張ってますね。寒くはないですか」
「雪のおうちだけど、思ったより寒くない」
「意外にあったかい」
藁靴を脱ぎ、雪室の中に上がる鬼灯を、一子と二子が出迎える。今日の二人はかまくらで大人をもてなす子ども役として、いつもと違う素朴な着物に綿入り羽織だ。真ん中に置かれた火鉢には、炭火が明々と燃え、網の上の餅を良い感じに膨らませている。
「鬼灯様、私たち先に頂いてましたけど、よろしかったかしら」
「大丈夫です。先に拝んでから、私も頂きます」
鬼灯はやや窮屈そうに先客たちの後ろを回り、一番奥に作られた祭壇に手を合わせる。水神を祀るそれは、雪の壁を社のかたちに彫り、御札や榊、御神酒、注連縄があしらわれている。窪みの下には、お香たちが供えたのだろう。賽銭や紙に包まれた餅がいくつか置かれている。鬼灯も持参した紅白餅をそっと供えた。
「鬼灯様も甘酒飲む?」
「小豆粥もあるよ。お餅も焼けた」
「では、いただきましょうかね」
鬼灯は身を屈めて座る。大きいかまくらとはいえ、子ども二人に大人四人が入るとかなり手狭だ。隣の烏頭は、焼きあがった餅に砂糖醤油を絡めてぱくついている。一子が火鉢の隅で温めた甘酒を、小さな紙コップによそってくれた。一口飲めば、米麹の甘さと温かさが冷えた身体に沁みる。
「鬼灯様、これも試してみて」
「…バター餅ですか?これ」
「うん。炭火で炙るの」
「焼きあがったら追いバター」
「お醤油つけても美味しい」
「カロリー高そうですねぇ」
次々焼き上がる餅がさらに並べられるのを見て、うっかり腹が鳴りそうになる。実は夕飯がまだだった鬼灯は「では、遠慮なく」と箸をつけた。
「よう、やってっか?」
ひょいと入口から覗いたのは、雪鬼の春一だった。炭で一杯の籠を背負って火箸をかちかち鳴らしているから、炭の補充係なのだろう。
「ちょうどよかった。春一さん、炭ちょうだい」
「あいよ」
「…ところで貴方、その格好はなんですか」
「おぅ、鬼灯様。今日はイメチェンしてみたんだよぅ。似合うだろぅ?」
「いつもの服はどうしたんです。というか貴方が服をちゃんと着ているとは、明日は嵐ですかね」
「なんでだよぅ。カッコいいじゃねぇかよぅ」
鬼灯にツッコまれながら、春一はいそいそと火鉢に炭を足す。消えかけていた火が今一度強くなり、網の上の餅にじっくりと焦げ目を入れていく。鬼灯はも一度甘酒の器を傾けながら、紅く彩られた光を見つめていた。
かまくら行事はもともと、小正月に神の御座所として雪室をつくり、水神を祀って雨乞いや五穀豊穣を祈願したもので、「神座(かみくら)」が転じたとされる。その中で子どもがもてなしをするのは、「子は七つまで神のもの」と云われるように、神に近いものとされているからである。現在は形式的な、子どもが楽しむ行事だが、神に供し願うことが切実だった時代に比べたら、今はなんと豊かで、平和なことだろう。雨や豊穣を願ってひたすら乞い願うのではなく、土地改良や灌漑、治水など技術を発達させる。災害時に人柱で神を鎮めるのではなく、事前に対策を立て避難する。今は当たり前のこれらが、当たり前ではなかった時代が長らくあった。ひとりを捧げて多くの皆が助かるのならと、根拠のない正義が是とされた中で、少なくない命が選別され、消えたのだ。
祭祀は今、収穫を感謝し楽しむ祭りへと変わった。人も神も渾然一体、酒を飲み、踊り歌い、奇跡すら起こる。かつて水神に願うためにその身を捧げた人の子として、鬼灯は独り感慨に耽る。
「いい時代になりましたねぇ」
酒が入った賑やかさに紛れて、ひとりごちる。かつて祭壇の上で感じた心の臓が凍るような心地に比べれば、この神座(かみくら)は天国だ。気心の知れた幼馴染みの友と、仲間と、家族のようなひとたちと、一緒なのだから。
「そういえば、なんだかお隣が賑やかね」
「あ、お隣は弟切さんちの丙ちゃんがおもてなししてるの」
「でもパパ切さんがずっと占領してるの」
「一回注意しましょうか」
「いいんじゃねーの別に。祭りなんだしよ」
「…そうですね、祭りですからね」
「向こうのエレクトリカルかまくらは焙烙斎の孫娘が作ったらしい」
「なにそれ見たい」
近く遠く、笑い声がこだます中、やわらかな光に彩られて、夜はゆっくりと更けてゆく。愉しく温かい冬は、まだ明けない。